2016年07月30日

被爆体験語り部 森政忠雄さん〜孫の一言で口を開く

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8月14日に麻生市民交流館やまゆりで開かれる「伝えたい!子どもたちに。戦争と原爆の悲惨さ、平和と命の大切さ」(認定NPO法人あさお市民活動サポートセンター主催、川崎市後援)。語り部を務める森政忠雄さん(麻生区)(=写真)は「戦争があるが故に、市民が悲惨な目に遭う。次世代を担う子どもたちは、人を憎まず戦争を憎み、戦争をなくすにはどうすればいいか」を考えてほしいという。

被爆体験を語れる人の高齢化が進む中、今年82歳になる森政さんは、11歳の夏に広島で被爆。目撃した情景があまりにも凄惨(せいさん)だったために、その記憶を呼び覚まし、人に語れるようになるのに59年もの時間を必要とした。

語り部になるきっかけは、孫娘の「広島のことを友達に教えたい。原爆の話を詳しく教えて」という一言だった。

自分の体験を語り継ぐことは、生かされている自分の天命であり、苦しさやつらさを理由に黙っていることは許されないと考えた。当日はそのつらい記憶が語られる。

なお、同館サロンでは原爆写真展・平和への願いを込めて折り鶴づくりなども開かれる。親子で「平和の大切さ」を知る機会になってほしいと主催者は語る。

(2016年7月30日 神奈川新聞掲載 市民記者・植木昌昭)
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2016年04月23日

クローバー韓国語学堂〜母語学習で「新手法」

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韓国にルーツをもつ子どもたちが母語を学ぶ場所は年々限られてきている。地域の中で対象となる子どもの数が少ないことや、子どもはレベル差が激しく体系的な学習が成立しにくいため、運営が収益につながりにくいことも提供する団体が増えない原因という。

川崎市幸区にある「クローバー韓国語学堂」の代表、朴海淑(パク・ヘスク)さん(53)(=写真)は、「母語と日本語の上達は相互依存の関係にある。学習意欲の高い子どもたちに母語を学べる環境を整えてあげたい」と考え、昨年から新たな試みに挑戦中だ。

3年間、韓国語を継続学習した小学生3人を、大人の初・中・上級クラスに1人ずつ参加させ、 授業の成立具合を観察した。子どもは、目で見て耳で聞いたことを素直に覚えるため、理解が早い。子どもが大人の中に入ることで、双方が意欲的に取り組むようになる、というメリットがあることが分かってきた。

「この取り組みが成功すれば、母語を学習する環境が増える。地域で救われる子どもが1人でも増えてくれればうれしい」と朴さんは語る。

今後は、自らの韓国語講師のネットワークを通じて、今回の取り組みから得られた教え方や教材の選び方などのノウハウを伝えていく予定だ。

(2016年4月23日 神奈川新聞掲載 市民記者・渋澤和世)
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2015年07月11日

川崎市折鶴の会〜被爆体験 次代に伝え〜

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川崎市折鶴の会は市内在住の原爆被爆者団体として被爆者の生活向上、核兵器廃絶に寄与することを目的に、1965年に設立された。現在の会員数は123人で、平均年齢80歳。

多摩区役所で6月4、5日に開催した折鶴交流会(=写真)では「核兵器廃絶と平和を祈って」をテーマに市民と共に千羽鶴を折り、これを会が8月に被爆地へ届ける。この活動は今年で7年目になる。

被爆者自ら体験を語る「語り部」も大切にしている活動の一つだ。「語り部」の一人、5代目会長の森政忠雄さん(81)は被爆の悲惨な状況は辛(つら)く思い出したくなく、家族や同僚にも話さなかった。ところが10年前、広島から関東に引っ越して来た孫娘から、広島で学んだ平和や原爆被害を同級生にも伝えたいという相談を受け、協力した。小学5年生が平和の大切さや戦争の悲惨さ、命の尊さを真剣に受け止めたことに感動した。この経験が「語り部」としての使命感につながり、活動を始めるきっかけになった。

「8月6日、9日の原爆記念日、15日の終戦記念日の意味を知らない子どもたちが増え、焦りを感じる。少しでも多くの人たちに伝えたい。必要とされるなら会としてご協力させていただきたい」と強く語った。問い合わせはメールで ysmnakata@gmail.com

(2015年7月11日 神奈川新聞掲載 市民記者 島田悦子)
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