2016年12月03日

チーム ピース チャレンジヤー〜インドの子らに支援

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「世界中の子どもたちの多くが飢えや紛争に巻き込まれている。そんな状況を放っておけない」

50歳を超えた女性3人が商社を辞めて「チーム ピース チャレンジャー」を設立し、10年目を迎えた。現在会員50人。途上国の伝統的な手作り品やオリジナル製品を販売し、支援を継続している。

設立後、まずタイ、インド、バングラディシュを視察した。日本の学生が1千万円を集め、インド北東部スジャータ村に学校を建設したことを聞き訪問した。ここはアウトカーストの住む最貧困地区。学校に通わせるよう親を説得して無償で教育を提供しているが、約7割は貧困のためか欠食児童だ。そこで2008年から給食支援を開始した(=写真)。

「毎週2回と試験の日にしか出せないことが心苦しい」と蔵田えり理事(65)。だが給食が始まると、母親もわが子たちを学校に送り出すようになった。生徒は500人に達し、出席率も100%近くになった。また、村の女性の自立のため、12年に職業訓練所を開設し、日本から講師を派遣して洋裁と編み物の技術指導を行っている。洋裁技術を身に付けたことで、結婚の際の高額な持参金が軽減されている。

「教育を受けることで、子どもも女性も、夢が持てるようになった。私たちがここで学んだことを日本の子どもにも伝えたい」と蔵田さんは語る。

(2016年12月3日 神奈川新聞掲載 市民記者・高橋喜宣)
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2016年07月30日

被爆体験語り部 森政忠雄さん〜孫の一言で口を開く

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8月14日に麻生市民交流館やまゆりで開かれる「伝えたい!子どもたちに。戦争と原爆の悲惨さ、平和と命の大切さ」(認定NPO法人あさお市民活動サポートセンター主催、川崎市後援)。語り部を務める森政忠雄さん(麻生区)(=写真)は「戦争があるが故に、市民が悲惨な目に遭う。次世代を担う子どもたちは、人を憎まず戦争を憎み、戦争をなくすにはどうすればいいか」を考えてほしいという。

被爆体験を語れる人の高齢化が進む中、今年82歳になる森政さんは、11歳の夏に広島で被爆。目撃した情景があまりにも凄惨(せいさん)だったために、その記憶を呼び覚まし、人に語れるようになるのに59年もの時間を必要とした。

語り部になるきっかけは、孫娘の「広島のことを友達に教えたい。原爆の話を詳しく教えて」という一言だった。

自分の体験を語り継ぐことは、生かされている自分の天命であり、苦しさやつらさを理由に黙っていることは許されないと考えた。当日はそのつらい記憶が語られる。

なお、同館サロンでは原爆写真展・平和への願いを込めて折り鶴づくりなども開かれる。親子で「平和の大切さ」を知る機会になってほしいと主催者は語る。

(2016年7月30日 神奈川新聞掲載 市民記者・植木昌昭)
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2016年04月23日

クローバー韓国語学堂〜母語学習で「新手法」

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韓国にルーツをもつ子どもたちが母語を学ぶ場所は年々限られてきている。地域の中で対象となる子どもの数が少ないことや、子どもはレベル差が激しく体系的な学習が成立しにくいため、運営が収益につながりにくいことも提供する団体が増えない原因という。

川崎市幸区にある「クローバー韓国語学堂」の代表、朴海淑(パク・ヘスク)さん(53)(=写真)は、「母語と日本語の上達は相互依存の関係にある。学習意欲の高い子どもたちに母語を学べる環境を整えてあげたい」と考え、昨年から新たな試みに挑戦中だ。

3年間、韓国語を継続学習した小学生3人を、大人の初・中・上級クラスに1人ずつ参加させ、 授業の成立具合を観察した。子どもは、目で見て耳で聞いたことを素直に覚えるため、理解が早い。子どもが大人の中に入ることで、双方が意欲的に取り組むようになる、というメリットがあることが分かってきた。

「この取り組みが成功すれば、母語を学習する環境が増える。地域で救われる子どもが1人でも増えてくれればうれしい」と朴さんは語る。

今後は、自らの韓国語講師のネットワークを通じて、今回の取り組みから得られた教え方や教材の選び方などのノウハウを伝えていく予定だ。

(2016年4月23日 神奈川新聞掲載 市民記者・渋澤和世)
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