2017年08月19日

平和を願う会〜語りや朗読劇で訴え

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戦争を知らない世代に、戦争の悲惨さ、核兵器の忌まわしさ、平和の尊さを伝えたい。そして、子どもたちが戦争や核兵器のない平和な世界を築く若者に育ってほしいと活動する「平和を願う会」。

代表は自らの被爆体験を語り継ぐ活動を続け、川崎折鶴の会会長も務める森政忠雄さん(83)(=写真左)。共同代表で発起人の萩坂心一さん(60)(=同右)と、志を同じくする仲間6人によって4月に発足した。

私立高校で教壇に立っていた萩坂さんは、「教え子を戦地に行かせぬように」と、退職後も演劇や朗読で、反戦や平和を訴え続けてきた。昨年、麻生区で森政さんの講演を聴き、心を揺さぶられた。自分たちの思いを、一人でも多くの若者や子どもたちに伝えたいと、麻生区地域コミュニティ活動支援事業に応募。助成金を活用し、今月26、27の両日、麻生市民交流館やまゆり(麻生区上麻生)で親子向けイベント「平和を願い、実現するための集い」を開催する。

森政さんの講演と、萩坂さんの朗読劇「父と暮(くら)せば」、アニメ映画「ヒロシマに一番電車が走った」の上映のほか、折り鶴を被爆地に届けるワークショップもある。講演と朗読劇は大人千円(学生以下無料)。問い合わせは、萩原さん 電話044-935-0313。

(2017年8月19日 神奈川新聞掲載 市民記者・佐々木直子)
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2016年12月03日

チーム ピース チャレンジヤー〜インドの子らに支援

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「世界中の子どもたちの多くが飢えや紛争に巻き込まれている。そんな状況を放っておけない」

50歳を超えた女性3人が商社を辞めて「チーム ピース チャレンジャー」を設立し、10年目を迎えた。現在会員50人。途上国の伝統的な手作り品やオリジナル製品を販売し、支援を継続している。

設立後、まずタイ、インド、バングラディシュを視察した。日本の学生が1千万円を集め、インド北東部スジャータ村に学校を建設したことを聞き訪問した。ここはアウトカーストの住む最貧困地区。学校に通わせるよう親を説得して無償で教育を提供しているが、約7割は貧困のためか欠食児童だ。そこで2008年から給食支援を開始した(=写真)。

「毎週2回と試験の日にしか出せないことが心苦しい」と蔵田えり理事(65)。だが給食が始まると、母親もわが子たちを学校に送り出すようになった。生徒は500人に達し、出席率も100%近くになった。また、村の女性の自立のため、12年に職業訓練所を開設し、日本から講師を派遣して洋裁と編み物の技術指導を行っている。洋裁技術を身に付けたことで、結婚の際の高額な持参金が軽減されている。

「教育を受けることで、子どもも女性も、夢が持てるようになった。私たちがここで学んだことを日本の子どもにも伝えたい」と蔵田さんは語る。

(2016年12月3日 神奈川新聞掲載 市民記者・高橋喜宣)
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2016年07月30日

被爆体験語り部 森政忠雄さん〜孫の一言で口を開く

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8月14日に麻生市民交流館やまゆりで開かれる「伝えたい!子どもたちに。戦争と原爆の悲惨さ、平和と命の大切さ」(認定NPO法人あさお市民活動サポートセンター主催、川崎市後援)。語り部を務める森政忠雄さん(麻生区)(=写真)は「戦争があるが故に、市民が悲惨な目に遭う。次世代を担う子どもたちは、人を憎まず戦争を憎み、戦争をなくすにはどうすればいいか」を考えてほしいという。

被爆体験を語れる人の高齢化が進む中、今年82歳になる森政さんは、11歳の夏に広島で被爆。目撃した情景があまりにも凄惨(せいさん)だったために、その記憶を呼び覚まし、人に語れるようになるのに59年もの時間を必要とした。

語り部になるきっかけは、孫娘の「広島のことを友達に教えたい。原爆の話を詳しく教えて」という一言だった。

自分の体験を語り継ぐことは、生かされている自分の天命であり、苦しさやつらさを理由に黙っていることは許されないと考えた。当日はそのつらい記憶が語られる。

なお、同館サロンでは原爆写真展・平和への願いを込めて折り鶴づくりなども開かれる。親子で「平和の大切さ」を知る機会になってほしいと主催者は語る。

(2016年7月30日 神奈川新聞掲載 市民記者・植木昌昭)
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